どうぶつの心臓病と外科治療

現在、国内でペットとして飼育されている犬の死因の第2位が心臓病です(第1位は癌)。心臓病は年齢が上がるにつれて罹患率が上昇する傾向にあり、年齢別では、12歳以上の犬の5頭に1頭が心臓病といわれています。(ペット保険会社 請求データ調査より)

心臓病の治療方法には「内科治療(投薬)」と「外科治療(手術)※」の2種類があります。
※外科治療の適応疾患については後述参照
ひと昔前まで、心臓病は不治の病とされており治療法は内科治療で症状を緩和して進行を遅らせるという治療のみでした。しかし、近年では獣医療の技術進歩や高性能な医療機器の登場、チーム医療体制など、動物医療の発展に伴い心臓病も外科手術で治すことのできる病気になってきており、心臓外科手術を行える病院も徐々に増えています。
内科治療では、病気の進行を遅らせて症状を緩和することは可能ですが、根治を得ることはできません。反面、外科治療では症状の原因となる根本的な病変部を修復し、根治や大幅な改善が期待できます。

しかしながら、動物の心臓外科治療の歴史はまだ浅く、このような情報が一般の飼主様のみならず一次診療病院にも情報が充分に行き渡っておりません。
そのため、かかりつけ医に提案された内科治療を続け、外科治療という選択肢を得られないまま闘病生活を続けることがままあります。また、手術には高額な費用がかかるため、外科治療そのものを断念せざるを得ない事もあります。このような理由から、人医療では一般的とされている外科治療が動物医療では未だ広く普及しておりません。

どうぶつの心臓外科手術

犬の心臓病の中で最も発症率が高い病気は「僧帽弁閉鎖不全症」です。僧帽弁閉鎖不全症は心臓の左心室と左心房の間にある弁に異常をきたし、正しく機能しなくなる病気です。症状が現れてからは、内科治療を選択した場合の半年後の生存率は50%と言われており、前項で触れたように内科治療では進行を遅らせるのが限界です。
ですが、現在の獣医療では手術を行うことで弁を修復し、機能を回復させることが可能になっています。日本国内での術後半年後の生存率は90%を超えており、高い成功率を誇っています。その他、心臓外科治療により根治可能な疾患も多くあります。

<補足> おおよその費用について
内科治療の場合:月額2〜6万円(年間25〜70万円)
外科治療の場合:約200万円

外科手術の適応疾患

動物の心臓病には、生まれつき心臓や血管に異常を持つ先天性心疾患と、生まれた後で発症する後天性心疾患があります。いずれの心疾患に対しても、適切な検査、診断、治療が必要になります。人の医療では多くの心臓病に対して人工心肺装置を用いた手術により治療する事が可能となっていますが、動物では心臓手術を行える施設や医師は少なく、投薬による内科治療が行われることがほとんどです。しかしながら、外科手術でなければ治療が成功しない心臓病も多く存在します。

外科手術の適応疾患

先天性心疾患:肺動脈弁狭窄症、心房中隔欠損症、心室中隔欠損症、動脈管開存症
後天性心疾患:僧帽弁閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不全症、不整脈に対するペースメーカー設置、心臓腫瘍、等

僧帽弁閉鎖不全症(MR)

僧帽弁は心臓の左心房と左心室の間にあり、血液の逆流を防ぎ、血流を一方方向に保つ役割を担っています。この僧帽弁に異常をきたし、血液の一方方向への流れが阻害され、心不全症状を起こす疾患が僧帽弁閉鎖不全症です。
内科治療では症状を抑えたり進行を遅らせる事しかできませんが、外科手術では心臓病所見の消失や、投薬の中止または減量が可能となります。

心房中隔欠損症(ASD)/心室中隔欠損症(VSD)

心房中隔欠損症は心臓の上方で左右(左心房と右心房)を隔てる壁に、心室中隔欠損症は心臓の下方で左右(左心室と右心室)を隔てる壁に、生まれつき穴が開いている先天性心疾患です。穴が極めて小さい場合には治療をせずとも問題を生じない事もありますが、心不全を引き起こす可能性のある穴の大きさである場合には、出来るだけ早い段階で穴を塞ぐ手術を行う必要があります。

不整脈(房室ブロック)に対するペースメーカー設置

房室ブロックは不整脈の一種で、心拍数が低下して失神やふらつきを起こす疾患です。
脳疾患やその他の疾患と診断が間違われてしまう事も多くあります。
診断は、心電図検査や、日常生活での長時間の心電図を記録するホルター心電図を用いて行います。治療には人と同様にペースメーカーの設置が必要となります。

肺動脈弁狭窄症(PS)

心臓から肺に血液を送り出す肺動脈にある肺動脈弁(またはその付近)が狭窄し、心臓から肺への血液が流れにくくなる先天性心疾患です。
狭窄が重度でない場合は無治療や内科治療で済む場合もありますが、狭窄が重度な場合には外科手術が必要となります。

動脈管開存症(PDA)

動脈管は胎児期に開存している大動脈と肺動脈の間をつないでいる小さな血管です。
通常は出生後速やかに閉鎖しますが、その血管が成長後も残存してしまう先天性心疾患です。動脈管が出生後も開存していると、心臓に負荷が加わり心不全へと進行します。
動脈管開存症の治療には外科手術が必要で、カテーテルインターベンション治療や外科手術により根治が可能です。

心臓腫瘍

心臓自体あるいはその周囲に腫瘍が発生する事が犬では比較的多くあります。
心臓あるいはその周囲の腫瘍には血管肉腫、大動脈小体腫瘍(ケモデクトーマ)、異所性甲状腺癌等があります。
腫瘍の種類や大きさにもよりますが、手術での摘出や心臓を包む心膜を切開する事で生存期間の延長や症状の軽減を図ることが可能です。